これから防災について書いていくにあたって、少しだけ自己紹介をさせてください。
僕は2011年、東日本大震災(3.11)をマンションの10階で経験しました。幸い建物自体に大きな被害はありませんでしたが、その後の数日間、水道が止まり、エレベーターも動かない中で、水を求めて階段を上り下りする生活を送ることになりました。
当時は「備え」というものについて、正直あまり深く考えたことがありませんでした。蛇口をひねれば水が出る、それが当たり前だと思っていたからです。でもその経験を通じて、水がどれだけ生活の根幹を支えているか、身をもって知ることになりました。
今、僕自身も家庭を持ち、子育てをする中で、あの時感じたことを今の子育て世代にも伝えたいと思うようになりました。特別な知識があるわけでも、防災の専門家というわけでもありません。ただ、一人の生活者として実際に経験したことを、できるだけ等身大の言葉で伝えていきたいと思っています。
🏠 「災害」とは何だろう
「災害」と聞くと、多くの人は地震や台風といった大きな出来事を思い浮かべるかもしれません。でも実際には、停電や断水、道路の寸断など、「普段当たり前にあるものが、当たり前でなくなる」ことこそが災害の本質なんじゃないかと僕は思っています。
そしてそれは、特別な誰かにだけ起きることではありません。マンションに住んでいても、一戸建てに住んでいても、都市部でも地方でも、誰の生活にも起こりうることです。
💧 体験談:水が止まるということ
正直に言うと、地震そのものよりも、その後の数日間の方が印象に残っています。
僕が住んでいたのはマンションの10階でした。地震の揺れが収まった後、電気は割と早く戻ったんです。でも水道が止まった。エレベーターも動かない中、水を求めて階段を10階まで運ぶ生活が始まりました。
蛇口をひねれば水が出る。それが当たり前すぎて、普段は意識したことすらなかったんですよね。でもいざ止まってみると、飲み水はもちろん、トイレを流す水すら「限られた資源」になる。1階に住んでいる人よりも、高層階に住んでいる人の方が、水の重みを何倍にも感じる。これは実際に経験してみないと分からないことでした。
熊本地震でも、電気は比較的早く復旧した一方で、水道の復旧に時間がかかった地域があり、今もなお生活の再建に苦労されている方々がいます。「電気は来るけど水が来ない」という状況は、決して過去の一時的な出来事ではなく、今この瞬間も誰かが向き合っている現実なのだと思います。
🎒 「備える」とは何だろう
備えというと、多くの人は「何を買うか」を思い浮かべるかもしれません。でも僕は、備えの本質は「知ること」「想像すること」にあるんじゃないかと思っています。
- 自分の暮らしている環境なら何が起こりうるか
- 高層階なら水の運搬はどうなるか
- 子育て中なら、ミルクや離乳食、オムツ洗浄に必要な水はどれくらいか
そうやって自分の生活に置き換えて想像してみることが、備えの第一歩だと思うんです。モノを揃えるのはその次のステップです。まず「知ること」があって、はじめて「何を、どれくらい」が見えてくる。
まとめ
備えは、怖いからするものではなく、知っているからこそ安心してできるものだと思います。この記事が、誰かにとって「自分の暮らしを考えてみるきっかけ」になれば嬉しいです。具体的に何をどれくらい備えればいいか、次の記事で一緒に考えていきたいと思います。
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✍️ この記事を書いた人
マンション10階で東日本大震災を経験し、断水の大変さを身をもって知る。ガジェット・アウトドアギアのレビューを中心に情報発信する中で、その経験を今の子育て世代にも伝えたいと思い、防災についても書いています。


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